高校1年の女子生徒。
1学期の途中から、昼休みになると美術準備室に足繁く通うようになった。
もちろん、僕はいつものようにウェルカムな態度で接する。
美術室に来る生徒の多くは、心に何かを抱えているとわかっているから。
「どうした?調子はどや?」
そんなふうに、あえて普段通りに声をかけた。
するとある日、彼女は突然こう言った。
「先生、見て」
そう言って、手首から二の腕にかけて無数の傷跡を見せてきた。
話を聞くと、2〜3週間前から自分で切るようになったという。
僕には、なぜ自ら痛みを求めるのかまったく理解できなかった。
「なんか、現実逃避できるねん」
「気持ちいいねん」
「落ち着くねん」
そんな言葉が、彼女の口からさらりと出てきたときの衝撃は、今でも忘れられない。
カウンセラーでも、親でもない「僕」だから話せたこと
彼女は僕のことを信頼していたから、傷を見せてくれたんだと思う。
スクールカウンセラーは信用できない。
親や担任の先生にも話せない。
だから僕は、あえて正直に、取り繕わずに言った。
「お前の気持ちは、わからん。なんでカットするんやろ?」
すると彼女はこう返した。
「私も、わかって欲しいとは思っていないし、理解されるとも思っていない」
ますます、僕は???となった。
音楽の世界が、彼女の言葉を引き出した
ふと思い出した。
彼女は、耽美系のビジュアルバンドが大好きだった。
紫や黒の世界観、死に対する美意識、そうしたものに強く惹かれていた。
「そういえば、最近pierrotとかDir en grey(ディルアングレイ)聞かないけど、あの人たちは元気か?」
彼女の“好き”を思い出し、そこから会話をつないでみた。
すると彼女は、
「新しいアルバム出た」
「もうすぐツアーが始まる。でも行けない、勉強が忙しくて」
と、少しずつ話し始めた。
僕は新しい世界を知るつもりで、興味をもって彼女の話に耳を傾けた。
それが良かったのだと思う。
話してくれた「本当の理由」
徐々に彼女は、心の中を言葉にしてくれるようになった。
要約すればこうだった:
- 勉強が思うように進まず、行き詰まりを感じている
- 中学時代の友達と距離ができてしまったように感じる
そのストレスが、自傷という形で現れていたのだ。
僕が伝えたこと:まず勉強について
僕はまず、勉強に関してこう伝えた。
「勉強は逃げられへん。高校生になれば難しくなる。これは当たり前や。
でも、君は中学時代からしっかり積み重ねてきたんや。
自分のやり方は間違ってない。そのやり方を信じて、ペースを保って進めば大丈夫や」
そして、友人関係について
次に、友人関係の話。
「“親友”なんて幻想や。向こうには向こうの都合がある。
それに、手首切るような“めんどくさいヤツ”って、正直距離取りたくなるもんや」
正直な気持ちをぶつけた。
すると彼女は、ハッとした表情になり、静かにこう言った。
「確かになあ……私って、めんどくさいヤツやねん」
でも、それでいい
僕はすかさず返した。
「そや。お前はめんどくさいねん。でも、それがええねん。
そんなヤツ、おらんで?めっちゃオモロイやん」
そしてこうも伝えた。
「“普通の世界”ではめんどくさいヤツかもしれん。
でも、別の世界ではお前ほど魅力的なヤツはいてへん。
今ある人間関係だけで、自分を判断するなよ」
そして、彼女は――
それからも彼女は、美術室にちょこちょこ顔を出しては、時折愚痴をこぼしていった。
でも、あの“最悪の行為”には戻らなかった。
そして今、彼女は超有名な難関大学で、心理学を専攻している。
終わりに:教師ができることは、たった一つ
このエピソードを通して思うのは、
教師ができるのは「理解しようとする姿勢」を見せ続けることだけ。
理解できなくてもいい。
でも、ちゃんと聞く。真正面から話す。そして、逃げない。
それだけで、救われる生徒がいる。
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