教師歴25年、忘れられない一人の生徒との対話

雑記帳

高校1年の女子生徒。
1学期の途中から、昼休みになると美術準備室に足繁く通うようになった。

もちろん、僕はいつものようにウェルカムな態度で接する。
美術室に来る生徒の多くは、心に何かを抱えているとわかっているから。

「どうした?調子はどや?」

そんなふうに、あえて普段通りに声をかけた。

するとある日、彼女は突然こう言った。

「先生、見て」

そう言って、手首から二の腕にかけて無数の傷跡を見せてきた。
話を聞くと、2〜3週間前から自分で切るようになったという。

僕には、なぜ自ら痛みを求めるのかまったく理解できなかった。

「なんか、現実逃避できるねん」
「気持ちいいねん」
「落ち着くねん」

そんな言葉が、彼女の口からさらりと出てきたときの衝撃は、今でも忘れられない。


カウンセラーでも、親でもない「僕」だから話せたこと

彼女は僕のことを信頼していたから、傷を見せてくれたんだと思う。
スクールカウンセラーは信用できない。
親や担任の先生にも話せない。

だから僕は、あえて正直に、取り繕わずに言った。

「お前の気持ちは、わからん。なんでカットするんやろ?」

すると彼女はこう返した。

「私も、わかって欲しいとは思っていないし、理解されるとも思っていない」

ますます、僕は???となった。


音楽の世界が、彼女の言葉を引き出した

ふと思い出した。
彼女は、耽美系のビジュアルバンドが大好きだった。

紫や黒の世界観、死に対する美意識、そうしたものに強く惹かれていた。

「そういえば、最近pierrotとかDir en grey(ディルアングレイ)聞かないけど、あの人たちは元気か?」

彼女の“好き”を思い出し、そこから会話をつないでみた。

すると彼女は、

「新しいアルバム出た」
「もうすぐツアーが始まる。でも行けない、勉強が忙しくて」

と、少しずつ話し始めた。

僕は新しい世界を知るつもりで、興味をもって彼女の話に耳を傾けた。
それが良かったのだと思う。


話してくれた「本当の理由」

徐々に彼女は、心の中を言葉にしてくれるようになった。

要約すればこうだった:

  • 勉強が思うように進まず、行き詰まりを感じている
  • 中学時代の友達と距離ができてしまったように感じる

そのストレスが、自傷という形で現れていたのだ。


僕が伝えたこと:まず勉強について

僕はまず、勉強に関してこう伝えた。

「勉強は逃げられへん。高校生になれば難しくなる。これは当たり前や。
でも、君は中学時代からしっかり積み重ねてきたんや。
自分のやり方は間違ってない。そのやり方を信じて、ペースを保って進めば大丈夫や」


そして、友人関係について

次に、友人関係の話。

「“親友”なんて幻想や。向こうには向こうの都合がある。
それに、手首切るような“めんどくさいヤツ”って、正直距離取りたくなるもんや」

正直な気持ちをぶつけた。

すると彼女は、ハッとした表情になり、静かにこう言った。

「確かになあ……私って、めんどくさいヤツやねん」


でも、それでいい

僕はすかさず返した。

「そや。お前はめんどくさいねん。でも、それがええねん。
そんなヤツ、おらんで?めっちゃオモロイやん」

そしてこうも伝えた。

「“普通の世界”ではめんどくさいヤツかもしれん。
でも、別の世界ではお前ほど魅力的なヤツはいてへん。
今ある人間関係だけで、自分を判断するなよ」


そして、彼女は――

それからも彼女は、美術室にちょこちょこ顔を出しては、時折愚痴をこぼしていった。
でも、あの“最悪の行為”には戻らなかった。

そして今、彼女は超有名な難関大学で、心理学を専攻している。


終わりに:教師ができることは、たった一つ

このエピソードを通して思うのは、
教師ができるのは「理解しようとする姿勢」を見せ続けることだけ。

理解できなくてもいい。
でも、ちゃんと聞く。真正面から話す。そして、逃げない。

それだけで、救われる生徒がいる。

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