「ドロヘドロ」と希死念慮の彼女

雑記帳

人は、ちょっとした会話で救われることがある。
それは大げさな励ましや、完璧なアドバイスではなく、
「自分を認めてもらえた」という小さな瞬間だ。

今回の話は、中学2年生のある女子生徒のこと。
彼女は成績が振るわず、運動も苦手。
おとなしい性格で、人との距離を詰めるのが苦手だった。
そしてある日、僕にこう告げた。

――「先生、ウチな、希死念慮があるねん」

思春期特有の一過性のものかもしれない。でも、
そのまま放置すれば本当に現実になってしまうかもしれない。
その瞬間、僕は彼女を“こちら側”に引き戻すための言葉を探した。


美術室で見つけた接点

彼女と僕が初めて心を通わせたのは、美術の時間。
机の上には、林田球の漫画『ドロヘドロ』のカイマンが描かれていた。

「お、カイマンやん」
「先生、知ってるの?」
「もちろん。ドロヘドロは大好きやで。おもろいよなぁ」
「うん。大好きやねん」

そのときの彼女の笑顔は、教室で見せる顔とはまるで違っていた。


孤立しやすい趣味の子どもたち

メインストリームから外れた趣味を持つ子は、孤立しがちだ。
クラスでは変人扱いされ、好きな話ができる友達もいない。

けれど、漫画の話になると彼女はニコニコする。
僕は彼女に合わせて、松本大洋の『鉄コン筋クリート』や『さや侍』、
楳図かずおの『わたしは真悟』などを紹介した。

「先生に紹介された漫画、面白かったわ」彼女は漫画を勧めるたびにそう言ってくれた。
そうして少しずつ信頼関係ができていった。


希死念慮の理由

「ウチ、アホやん。成績悪いし、体育も苦手やし…何もできへん。
生きてる意味ないんちゃうかなって」

さらに聞くと、親が成績を見てがっかりするのがつらいという。
最近は何も言われなくなったが、それがまた虚しいと。

彼女は自己肯定感が低い一方で、承認欲求は高かった。
僕は少し大胆に言った。


全肯定のことば

「それ、むしろラッキーやないか? 親はもうお前を諦めてくれたんや。
期待されてないってことは、好きなことを思いっきりできるってことやぞ」

「お前はもう好きなこと見つけてるやないか。マンガやろ?しかもマニアックなやつ。
そんな感性持ってるやつ、なかなかおらん。量産型の流行とは違う世界で生きていける。それ、めっちゃ面白いぞ」

「でも、友達もいないし寂しいやん」と彼女。
「友達なんか、まやかしや。見かけだけの友情より、自分の世界を掘れ。
そしたら将来、同じ感性のやつらが自然に集まってくる。
お前は間違いなく面白いヤツや。それに周りが気づいてないだけや」


「今の自分」を許すこと

もしここで、「親と話し合おう」とか「仲良くできる友達はいるよ」といった
綺麗な励ましをしても、響かなかっただろう。
彼女は今の自分を認めてもらいたかったのだ。

このやりとりのあと、彼女の希死念慮は少しずつ薄れていった。
成績も人並みに戻り、中高一貫の高校には進学せず、イラストの専門学校へ。
今は友達もでき、描いたイラストはネットで売れ始めているという。

あの日、美術室で全肯定された「彼女の感性」は、
きっと今も彼女の中で生き続けている。

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